「ただいまー」

  陽斗が家に帰ると、玄関には靴がなかった。まだ誰も帰ってきていないようだ。
  共働きの両親がいないのはよくあることだが、弟の暁斗がこの時間にいないのは珍しい。
 部活の仲間と寄り道でもしているのだろう。
 陽斗はあまり気にも留めず2階の自分たちの部屋へ荷物を置きに行った。

 わかっていたことだが、部屋にも誰もいない。
  扉を開けて向かって右が陽斗、左が暁斗のスペースになっている。
  荷物を適当に放り、学ランを椅子の背中にかける。
  部屋着を持つと下の階へおりていった。



  陽斗は家に帰るとまず風呂に入る。これは昔からの癖、というわけではない。
 高校に入ってしばらくしてから付いた習慣だ。
 弟の暁斗も同じように帰るとすぐ風呂に入るのだが、二人のこの習慣にはそれぞれ別の理由があった。
 
 中学から引き続きバスケ部に入った暁斗はハードな部活での汗を洗い流すため。
 だが、生徒会に入った陽斗は大して運動もしないし、本来は汗もそんなにかかない。
  そんな陽斗が学校から帰るとすぐに風呂に入りたがるのは、秋人のせいだ。

 陽斗と秋人の関係は、陽斗が生徒会に入ったときから続いている。
  高校に入っても、双子は同じ部活に入ると思っていた。
  周りはもちろん、本人たちもそのつもりだった。
  しかし、秋人の存在で誰も疑わなかったこの予想は外れることになった。
 
 

 陽斗は湯沸しのスイッチを押し、リビングのTVをつけた。
  先に誰か帰っていれば風呂はすでに沸かされていることが多いが、一番先に帰ってきてしまうと、風呂が沸くまで空き時間ができてしまう。
 
  面白い番組がないかとチャンネルを回すが、いまいち内容が頭に入ってこない。
  TVに集中しようとするが、風呂はまだ沸かないのかと気になってしまう。
 玄関と風呂に耳を済ませてしまう。
  この間に暁斗が帰ってきてしまったらどうしようと陽斗は不安になる。

  落ち着きなくチャンネルを回していると、湯沸し完了の耳障りなアラートが部屋に鳴り響いた。
  すぐさまTVの電源を切り、陽斗は風呂場へ向かった

 

 早く洗い流してしまいかった。
  暁斗が帰ってくるまでに。
 匂いも感覚も、この後ろめたさも。



  暁斗にだけはバレたくなかった
 決して知られてはいけないかった
  抑えることのできなくなったこの気持ちだけは




 

 

 

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