ソファでくつろいだ状態で琉の入れてくれたコーヒーを飲み、話を進める。

「ここは湊さんの経営するOnenightDreamsのビルだ。この部屋は湊さんの自宅だけどな。」
「ワンナイトドリームス?」
「そう。ここに入ってくるとき下のフロアは見なかったか?」

 気が付いたらこの部屋にいたのだからこのビルのほかの部分は全く見ていない。琉のこの言い方からして、琉はおれがどうやってここまで来たのか知らないのだろう。
 
「見てないです。気付いたらここにいたから。」
「あー、湊さんの『拾ってきた』ってそういう意味か。」

 琉はおれがどうしてここにいるのかまでは知らないようだ。
 それにしても『拾った』とは、まるで物みたいじゃないか。それかペットか。

「おれ、落ちてたの…?」
「知らん。俺たちは部屋に拾った子がいるから、起きたら相手してくれって言われただけなんだよ。」
「というか、普通人が落ちてても無視するか警察呼ぶでしょう。」
「あの人警察は呼びたがらないだろうな。で、気に入ったのかなんか知らないけど拾ってきちゃったんだろ。」

 捨て犬を拾ったかのように話されている気がする。湊さんはそういう、捨て犬とか猫とか拾っちゃう人なんだろうか。琉も蓮華も見ず知らずの俺に対して普通に接しているのは、湊さんが拾ってきたものを世話するのに慣れているからなのだろうか。


「まあ話は戻して、うちの名前は聞いたことあるか?」
「いえ。全く。」
「だろうな。」

 ワンナイトドリームスなんて初めて聞いた。これだけ大きなビルを持っているのだから、それなりに大きな企業なのかもしれないが、初めて聞く名前だった。

「さっき言った通り湊さんは経営者で、俺や蓮華はここで働いている。」
「それが湊さんの『手伝い』?」
「いや、此処のスタッフとして働いてて、それとは別で空いてる日は湊さんの手伝いもしてるって感じかな。」
「仕事でもないのに?」
「俺も蓮華もここで住み込みで働いてて家賃とかタダにしてもらってるから、その分少し手伝ってるだけだよ。」

 仕事とは別で湊さんを手伝っている。ここに住み込みではたらいている。
 湊さんと琉や蓮華の関係性はわかってきたが、仕事内容は全く分からない。

「ねえ、仕事ってなんの…」
「ところで、お前持ち物何もないのか?服も湊さんの着てたし。」

 思いっきりさえぎられた気がする。が、それよりも大事な話が出た。

「え?ないんですか?俺の荷物。」
「俺と蓮華は何も預かってないな…。」

 服はボロボロにされた上にいろいろなもので汚れているだろうからあまり期待してはいなかったが、荷物はどこかに保管されているものだと思い込んでいた。携帯も財布も鞄に入っていたはずだ。まさか鞄ごとないのか。

「もしかしたら湊さんが預かってるかもしれないが…お前財布とか携帯も今持ってないよな?」
「はい…。」

 財布は大した中身は入ってないからなくしても諦めがつくが、携帯は困る。住所不定の自分の唯一の連絡手段であり、仕事探しも宿探しも全て携帯頼りだったのに。
 もし、湊さんも持っていなかったらこれからどうすればいいのだろう。

「ケータイ無かったらどうしよ…。」
「湊さんが帰ってきたらすぐに聞いてやるからそんな落ち込むなよ。」
「…うん。」

 あからさまに落ち込む俺に、琉は話題を変えようか、と提案してきた。琉が自分からふってきた話題だが、失敗したと思ったのだろう。

「あとは気になってることないか?」
「じゃあ、此処って何のしご…」
「あ、わりぃそろそろ交代の時間だわ。」

 またも思いっきりさえぎられた。それもさっきと同じ仕事内容について聞こうとしたときにだ。
 琉は空になったカップを二つカウンターキッチンの向こうに置いて、逃げるように扉へと向かった。

「湊さんは明日まで戻らないと思うから、朝までここで好きにしとけ。」
「あの…外行ってもいいですか?」

 一応、聞いといたほうがいいだろう。いい加減この部屋にいるのも飽きたし、下のフロアのことも気になる。許可が出れば堂々と散策できるかもしれない。

「ダメだ。部屋にいろよ。」
「えー…。」
「あと、部屋は好きにして良いっつったけど、漁るなよ。」
「…はーい。」

 やはり、出てはダメなのか。仕事内容を教えてくれないのと関係あるのだろうか。
 ふて腐れた返事になってしまったが状況的に仕方ないだろう。もう此処にいるだけというのが辛くなってきている。

「知らない場所で軟禁状態で不安だとは思うが、俺らも湊さんがお前をどうするつもりかわかんないから部屋にいてもらうしかないんだよ。」
「…うん。」
「部屋の外は危ない…。わけではないけど、あんま見せるようなもんじゃないからな。」

 危ないってなんだ。見られて困るような仕事なのか?だとしたら、あまりここに長居するのも良くないんじゃないだろうか。今更になって、忘れていた不安感がまた湧いてきた。

「湊さんが戻ってきたらいろいろ教えてくれる。もう遅いし寝とけ。…おやすみ、アキラ。」
「まだ眠くな…」
「寝ろ。」
「…おやすみなさい。」

 睨まれて、強制的に会話を終了して琉は出て行った。目つきの鋭い男の睨みは怖かった。

 夕方に起きたばかりでまだ眠くないが、湊さんが帰ってくるまで俺はすることがないらしい。
 とりあえず、先ほど使ったカップを洗っておこうか。
 カウンターキッチンの内側に入り、シンクの中にあるカップを洗おうとして一瞬戸惑った。…最新のキッチンてこうなってるのか。
 見慣れない蛇口の付いた大きなシンクに圧倒されながらもカップを濯いで、グラスかけがあったのでそこに引っ掛けて干しておいた。

 ベッドに戻るとすかさずジョンもベッドに乗り、俺の横に寝転がった。ジョンの腹を撫でながらこのワンルームの部屋を改めて見まわす。
 キングサイズのベッドをおいても全く圧迫感のない広い空間。最新設備と思われるカウンターキッチンと、見た目通りに座り心地の良い大きなソファ。ソファの前には一般家庭にはまず置けないであろう超大画面のテレビがある。部屋の壁一面を埋める大きな窓は色鮮やかに光の瞬く夜景を映してとてもきれいだ。
 …ここが自宅って、かなり贅沢だ。
 この部屋だけでも相当な広さがあるが、このビル一つ分が湊さんのものだということは湊さんは相当な金持ちであることが伝わってきた。

 この部屋はとても広く、豪華だ。しかしどこかつまらないというか、寂しさを覚えた。初めてくる場所だからかもしれない。生活感があまり無いせいもあるだろう。
 今ジョンがいなかったらもっと不安に駆られ、パニックになっていたかもしれない。隣に寄り添ってくるジョンの体温がとても心地よい。
 まだ起きたばかりで眠くないと思っていたのに、ジョンの温もりにひきずられるようにそのまま俺は朝まで寝てしまった。





 

 

 

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