月 『本日は雲一つない晴天となるでしょう。今宵は満月なので月が綺麗でしょうね。』 朝ごはんの蜂蜜バタートーストを食べながらなんとなくTVを聞き流していた。 この時は何とも思わなかったただの天気予報士の言葉。 「月、綺麗だね。」 斜め上をぼーっと見上げていた彼女の目線の先には、低い位置に明るく光る満月があった。 「夏目漱石?」 「…?」 なんとなく頭に思い浮かんだ名前を言ってみるが彼女は、何言ってんの?と言いたげな顔をした。 「違った?」 「何の話?」 やはり通じていないか。もしかしたら、知っていて彼女なりに伝えようとしたのかもしれないと思ったのだが。 「夏目漱石の言葉があるんだよ。」 「“月が綺麗ですね。”?」 なんだ、知っているんじゃないか。でも、気にしないで言っていたということは、さっきの言葉はただの感想でしかないのか。 「告白されたのかと思った。」 素直に思ったままを口にしてしまった。 「都合のいい解釈だね。」 「朝の天気予報士も月が綺麗って言ってたのに全然気にならなかったんだよ。でも、今言われたとき、すぐに夏目漱石だと思ったから。」 言いながら、墓穴を掘ったかもしれないと思った。 「それって、私を意識してるってこと?」 思わず顔を背けた。が、彼女は顔を覗き込もうとしてくる。少し見えた彼女は物凄くにやけている。 「俺が告白されたと思ったのに・・・。」 「まっかっかでかーわいーい。」 『彼女』の意味が変わった日のお話。 |